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大阪高等裁判所 昭和32年(ラ)103号 決定

○○市長

被告人 中井三郎(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙抗告の申立書どおりであつて、これに対して当裁判所は次のとおり判断する。

いわゆる調停離婚といえども、当事者の合意によつて、離婚が成立するものであるから、その性質は協議上の離婚に他ならないものであつて、ただその合意に至るまでの手続、延いてはこれが届出に関する点において、普通の協議離婚と異なるところがあるわけである。

従つて、調停調書に協議離婚なる文字があるからといつて、直ちに調停離婚でないと断定することは早計であつて要は調停において当事者が離婚するという合意が確定的に成立したか、否かによつてこれを決すべきものである。

記録中の本件調停調書によると、申立人山本富美と相手方山本正市とは昭和三十一年十一月二十九日の調停において、同日限り調停による協議離婚をするというにあつてしかもその届出についても何等の定めもしていないのであるから、右両人は同日の調停において、直ちに離婚をするという合意を確定的にしたものと認めるに十分であるから、右離婚はいわゆる調停離婚なりといわざるを得ない。

抗告人の引用する先例においては、調停において離婚するとしながら特にその届出を後日することを定めたり、あるいはその子の親権者を定めた後届出をすることとしたり、要するに未だ調停において離婚なる合意が確定的に成立したものと認めるに足りない場合であつて、本件と事案を異にするものというべきである。

なお抗告人は本件調停条項の第二項から第四項までの履行のない限り離婚の合意が成立しないもののようにいうが、右第二項は当事者間の子女の親権及び養育監護を何れの当事者がするかについて定め第三項は当事者双方が離婚に関し互に金銭その他の請求をしないこととし第四項は調停費用が各自の負担とするものであるから、何れも調停による離婚の成立した後の関係を定めたものなることは明白であつて、むしろ本件離婚を調停離婚なりとする根拠となり得ても、到底これをもつて普通の協議離婚なりとする理由とすることはできない。

以上説示のように本件離婚は調停離婚であるから、抗告人は申立人一方よりの届出を受理しなければならないことはいうまでもない。

原審判は相当であつて本件抗告は理由がないから、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 大野美稲 判事 石井末一 判事 喜多勝)

(別紙)

抗告の趣旨

原審判を取消す。

申立人の本件離婚届不受理に対する不服申立は、これを却下するとの御審判を求む。

抗告理由

一、抗告人○○市長は、申立人山本富美が神戸家庭裁判所尼崎支部昭和三十一年(家イ)第二三九号離婚等申立事件の調停(以下「本件調停」という。)に基き、調停離婚が成立したものとして一方的離婚届出を提出して来たので、これが不受理の処分を行つたのに対し、右申立人は、同裁判所に当該離婚届不受理に対する不服申立を行い、当該申立について同裁判所より離婚届を受理せよとの審判の送達を受けたものである。

一、しかして抗告人は右離婚届に関しては別添先例に示す如く、これが不受理の処分を行つたものであるが、本来家庭内の紛争については、円満にかつ自主的に解決させようとする趣旨のもとに、家事審判法第十八条第一項において、調停前置主義の規定が設けられ、互譲の精神によりその調停を成立させんとする関係上調停の成立形態も種々に異る事は先例よりしてもおそらく異論をみないところであろう。従つて離婚に関する調停も、その合意形態において種々雑多である事は、必然的で離婚に関する調停が成立した事をもつて、直ちに調停離婚が成立したものと一方的に解するは僻見で何等家事審判法において、協議離婚の成立を禁止した明文は発見できないからである。

しかして家事審判法に基き、調停が行われる関係上、離婚調停をたとえ俗に調停離婚と称しても、それは単なる通俗的な簡略用語に過ぎず、それをもつて調停離婚としての法的効果が生ぜしめないもので、要は調停の合意形態によつて、調停の法的効果が生じるものと解さなければ、調停の主旨に反するのみならず、現今の社会事情に合わないものである。例えば調停の際離婚の合意が成立した後において、当事者が将来を慮り、戸籍の記載に調停離婚の形態を残さない為に、調停離婚を避け、協議離婚の合意が成立したとして調書を作成する場合がしばしば行われている現情である。

かくの如く離婚に関する調停にあつては、協議離婚及び調停離婚の二大分類が出来得るのであるが、これらは全て調停調書に表示されている文言により分類される事はいうまでもない。

しかしてこれが文言の解釈を行う上においては、用語解釈上の常道に従い、単純に文理解釈により難いものについては、論理解釈によるべきであつて、かかる観点より本件調停条項第一項をみるに「調停による協議離婚をする事」とは、文理解釈にあつては単純に調停による協議離婚を調停する事と解され易いが「調停による」との文意は、協議離婚行為に対する制限的文意の表現として、注意的に挿入されているもので、「この調停に従つて協議離婚をする事」と解するを正当と考えられる。

なぜならば、本件調停条項中第二項から第四項までの項について調停当事者双方が履行しなければ、第一項の離婚に関する合意も成立しない事は論理解釈上当然で、かかる離婚の附帯条件となるものの履行の認識の上、自由意志に基く協議離婚をなさしめるべきためのものであるからである。しかして本件調停を調停離婚と解するにはあまりにも明確に協議離婚と表現され過ぎであり文理解釈は勿論倫理解釈は出来ないものと考えられる。

なお離婚は戸籍法第七十六条又は第七十七条により、全てその届出は行うべきで、協議離婚は勿論の事調停離婚も然りで、ただそれが権利の創設届出なるか、報告届出であるかの違いで、従つて調停条項中に離婚の届出期限、又は義務が記載されているか否かによつて、調停離婚であるか協議離婚であるかを分類することは余りにも危険であるが、ただ協議離婚の表現が調停条項中になくとも、「双方当事者が協力の上離婚届出を為すこと」と記載されている場合は、これを協議離婚と解すべきであるとの先例がある。(別添先例参照)なぜなれば調停離婚の場合は一方的届出でよいからである。(戸籍法第七十七条)

以上の各点よりして本件の離婚に関する調停を調停離婚と解し、当該届出を受理せよとの原審判は誤りといわねばならない。以上の理由によつて特別家事審判規則第十七条の規定に基いて抗告します。

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